鳥にしあらねば

田沼博明
四六判/222ページ/本体価格1600円+税
2012年10月/ISBN-13: 978-4861870972

原発事故が起きても、鳥ではない人間は、飛んで逃げることはできない。
足尾鉱毒事件の地で出会った良明とゆきは、原発、エイズ、教育の自由、日本の東南アジアへの経済進出などについて深く語り合いながら、愛を深めていく。そして…
長年の市民活動から湧き出した入魂のドキュメント小説。

「人間が犯した環境破壊や人間破壊を告発し、その中にせつない恋を溶け込ませたこの小説は、有吉佐和子さんの『複合汚染』に匹敵すると思います」
神山美智子(弁護士、食の安全・監視市民委員会代表)

 

目次


第1章  ゆめ
第2章  常夏の国
第3章  琥珀色の刻
第4章  羽ばたき
エピローグ  15年後の思い

 

著者プロフィール

田沼博明(たぬまひろあき)
1952年2月16日 田中正造の生地・栃木県佐野市に生まれる。1975年3月 中央大学法学部卒業。自治体職員として、消費者センター・女性センター保健所などで勤務。1988年から居住地の埼玉県加須市で市民グループ「へんじゃないかい」の世話人となり、
2011年まで「へんじゃないかい通信」を発行する。 また、旧「日本子孫基金」の世話人を務め、環境ホルモンやダイオキシン問題などを学ぶ。2012年3月 定年退職。著書『新・伊勢物語~幻想歌』(自費出版、1989年)

 

書評

 

書評オープン

 100年たっても草木も生えぬ足尾銅山の廃坑に連なる山々。本書は、その「滅びの風景」に赴く一人の旅人を主人公とした「小説」である。
明治国家の富国強兵策の足元で、鉱毒の被害に憤り、訴え出た農民たちは投獄され、村々は遊水地として水没した。かろうじて残された先祖の名残を伝える墓に参る主人農(高校の社会科教員)に、もう一人の旅人(若い女性)が追いつき、話しかけてきた……。
1980~90年代の日本の社会風景は、終わらない水俣病、スモンやクロロキンなどの薬害、そしてこの小説の主要なモチーフとなる薬害エイズ事件など、次から次へと国(行政)、大企業の倫理と責任が問われる事件で何の罪もない人々が犠牲になった時代である。小説は、そうした社会問題を矢継ぎ早に明らかにしていく。
主人公はまた、ポーランドでは第二次世界大戦中のユダヤ人虐殺の地を訪れ、タイでは日本からの買春刊行がはびこる現場、フィリピンではかつての日本の侵略の実像を想起しながら、棚田のある風景の中でも今も伝統的な暮らしを続ける部族の村を訪問。感想を綴っている。
作者は、本職の作家ではない。自治体職員として市民消費者向け講座を企画したり、自ら「講座マニア」としてスタディツアーなどに参加、また、市民消費者団体の世話人に加わり、消費者運動や公害反対運動と共に生きてきた。
その半生をある時、「恋愛小説」として表現したいと思い立ち、数年を経て、このほど渾身の力作ができあがった。
食の安全・監視市民委員会代表の弁護士神山美智子氏は、本書の帯で、これは、現代の「『複合汚染』(引用者注・著名な作家有吉佐和子が小説スタイルで公害問題を扱い、有機農業への道も指し示した1975年の作品)に匹敵」すると推薦している。
小説の時代設定は1997年。「3・11」福島原発震災はまだ起きていないが、足尾鉱山の「滅びの風景」に重なる亡国への道が彷彿される。
全編にわたり小見出しのように配された短歌が、ラブストーリーである本作品をさらに味わい深くしている。

『土と健康』(13年7月号)